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記憶に留めること
暮れのアルガルベは雨、風続きの悪天候で沖は大時化だよ。
だから、船は港に大集合だ。
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船だけじゃないよ。カモメも丘で待機しているよ。
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そんなだから、今日の市場は"伽藍堂"だよ。
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でも、いい魚がいたよ。Ferreiraだよ。君はこの魚が好きだったんじゃないか。でも、定置じゃあまり獲れなかったね。
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また、雨が強く降ってきたよ。運転していると前が見えないくらいだ。君のカブリオレだったら、走れないかもね。だって、幌が穴だらけだったから。
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この雨はまた「異常気象」に認定されたよ。憶えているかい、ちょうど君の病気が明らかになったころ、今年の1~2月も雨天続きだったよね。
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そう言えば、出来栄えの良い船のナショナルフラッグを見つけたよ。これだったら、風でボロボロになる心配はないよ。でも結局、君は作らず仕舞いだったね。
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君が使っていた工具の前にいるよ。大丈夫、まだ、当分は使えそうだよ。
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今日、君の大切な奥さんと息子を見かけたよ。二人とも元気そうだったよ。
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by mobulamobular | 2009-12-31 01:29 | 定置網 | Comments(0)
2009年12月2Q日 曇り/雨
昨夕、Capitania(ポルトガルの海上保安庁のようなところ。但し、海軍に属する)から、「定置網の巨大なブイがVRSAに漂着している」との連絡を受けました。VRSAとは"ヴィラ・リアル・デ・サォン・アントニオ"というアルガルベ地方の最東端の町の名前です。グアディアーナ河(Rio Guadiana)を境にスペインと国境を接しています。

しかし、定置網ではそんな巨大なブイは使用していません。俗に言う「尺二玉」という直径36cmの黄色い浮子を数十個数珠つなぎにしたものは使用していますが、それにしたって「巨大」とは違います。だいたい、もしそんなものが定置網からVRSAまで流れ着いたのなら、これはまったくもって一大事です。
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フゼタから見た沖です。定置網がうっすらと見えています。沖合4kmほど離れたところに位置していますが、海岸線は地元民の「別荘地」となっており、その内側がラグーン(Ria Formosa)で、それからが本当の陸地ですので、定置網はずいぶんと遠くになります。双眼鏡で確認した結果、何も問題はなさそうです。

「ガセネタ」でした。年の瀬も迫る中みんな休んでいるところにちょっと迷惑な話ですが、これも海で仕事をする者たちにとっての宿命です。こういったことは毎年のようにあります。というか、何か大きな物体が海に流れていると、その発進源を定置網にする傾向が見られます。スケール感の問題ですが、15年間、定置網を傍から見ていた人たちにとっては、そう思い込むようになっても無理はないのかもしれません。

発進させたことは一度もありません。しかし、とんでもないもの、今までに見たことのないようなものの漂着地となったことは幾度となくあります。このインパクトが地元民には強すぎて、いつしか「海~大きいもの~定置網」とすぐに連想させるようになってしまったようです。
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2002年夏、ある新聞記事。「日曜日の明け方、体長14m、体重おおよそ10トンものクジラの死体が定置網に漂着した。」 げぇ~っ。
そんなものがこの世に存在することなど夢にも思わず、ましてやそんな大それたものがオラが海に流れているなどとは、ほとんど想像を絶することであり信じられないことなので、驚いても無理はないんです。
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by mobulamobular | 2009-12-29 19:29 | 定置網 | Comments(0)
ポルトガルの経済
「雨がない、ない」と言っていたら、これまでの不足分を一気に補うが如く、連日の雨天となっています。おまけに風。海は大時化の状態がかれこれ1週間ほど続いています。定置網の漁期はすでに終わっていますので、これについてヤキモキする必要はないのですが、それでもゴーゴー波の音を聞いていると何となく落ち着きません。「因果」ですか。

さて。世相を反映して、ここでカテゴリを増やして「ポルトガルの経済」について述べたいと思います。しかし、そんな詳しいことまでは分かりませんので、主には定置網や漁業関連、アルガルベ地方についてのそれなど、身近なものです。
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ポルトガルの経済は小国がゆえにあまりメディアに取り上げられることもなく、またEUとなってからはその影に隠れる形でなおさら見えにくい状態になっているように思われます。そんな中、今年初めに続いて再び米国の格付け会社からポルトガルの信用格付けが「安定的」から「ネガティブ」に引き下げられたという報道がありました。で、その理由は「2011年までに債務の国内総生産(GDP)比は90%を超えると予想される」からだそうですが、どこかの国ではこの数字が200~250%だったように記憶していますので、問題は問題ですが、大問題ではないように思います。

「EU内最貧国」のレッテルを貼られ久しいポルトガルですが、最近再び失業率が上がっているようにも感じます。しかし、それでもお隣りスペインの20%近い数字に比べればその半分程度でおさまっています。ポルトガルの金融機関はサブプライムローン問題などにもあまり関与していないと聞いていますし、また、これからなのかもしれませんが、「住宅バブルがはじけた」、などという問題も表面化してはいないようですので、ご多分に漏れず深刻な景気後退期ではありますが、これは世界的な金融危機による外需の落ち込みが原因となっているものですので、「最貧国」の問題とは別ものという気がします。

誰もが異口同音にポルトガルの経済にはもっと根本的な問題が存在することを指摘しています。それが「国際競争力の弱さ」ということになるのですが、これには国の長期的な戦略をもとに国民の意識改革をはじめ、教育レベルの向上、規制緩和および撤廃によるより開かれた市場の構築、それらによる生産性のアップなどの課題を順次クリアしていかなければなりません。

「この国の人間は、やらせてみればよいのに、やらせたがらない」という国レベルでの見解を聞いたことがあります。しかし、「一度やらせたら、後にはもう戻れない」という怖さがそこには在るように思います。ポルトガル人はいつもそれを気にしているように個人的には思います。あまりにも性急なものごとの変革はすべてをメチャクチャにしてしまうのではないかと考えています。これはスピード感の問題です。このポルトガル人の持つスピード感と今の国際的な経済の流れとが不幸にしてミスマッチなのでしょう。
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by mobulamobular | 2009-12-26 01:05 | ポルトガル経済 | Comments(0)
FELIZ NATAL
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カトリックの人たちに囲まれて生活していると、今ではこのイベントがとても大切なものになっています。
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by mobulamobular | 2009-12-23 07:32 | ポルトガル文化 | Comments(4)
螺旋階段
英名 spiral staircase、ポルトガル名 escada em caracol 。 
"escada"は「階段」、"caracol"は「らせん状の」といった意味。ちなみにポルトガルのCaféやBarで見る看板や張り紙に書いてある"Há caracóis"とは「でんでん虫、あります」ということ。もちろん、ビールやワインのつまみとして食べるためのものです。"caracóis"は"caracol"の複数形です。"おもしろいblog"がありましたので、参考にして見てください。

さて。このオフを利用して手狭になってきた魚の処理場を広い所に移動する作業を進めています。あらたに1階と2階のアクセスを設けることになり、いろいろ考えられる手段の中から「螺旋階段」を選択することになりました。螺旋階段というと金属製や木製を想像したのですが、業者さんの提案はコンクリ製でした。
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きれいなスパイラルを描いていますが、この設置がなかなか難しかったです。業者さんもこのコンクリ製螺旋階段はおおよそ20年ほど前に設置して以来2度目のトライだったそうで、ひとつひとつのステップの幅、高さ、そして角度を計算して、一周すると360°ですから、どの角度から登り始めるとどの角度で2階にたどり着くかを見極めなければなりません。ステップは重いですし、セメントで固定していきますのでやり直しは利きません。おもしろい経験でしたが、ちょっと細めのコンクリ製の柱にどんどん積み上げられていく螺旋階段を見ていて思ったことは、「地震がないからこういうのも在りなんだろうな」、でした。

とか、のん気にしていたら。ありました。地震です。1968年以来最大の規模だったそうで、マグニチュードは6。ポルトガル全土、スペイン、モロッコでも感じられたそうです。
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夜中の1時半、もちろん寝ていましたが、地震があった時は夢見心地で布団の中で「あ~ポルトガルでもこんなのあるんだ~」。次の日、そんなことはすっかり忘れていたのですが、昼に誰かが昨晩の地震の話題を出してきた時、初めてあれが現実だったことを思い出し、そのまま処理場に直行、螺旋階段の無事を確認しに行きました。
震度は「2」ぐらいだったのかもしれませんが、それでも地震を経験したことのない連中には十分だったようでした。上の図ですが、ポルトガルの気象庁から拝借したものです。一番大きな赤丸が今回の震源地です。他の赤丸、白丸は11月20日から12月20日の1カ月間にあった地震の震源地です。白丸は「弱」、赤丸は比較的「強」といったところです。こうしてみると、体には感じなくとも、けっこう多くの地震があることが分かります。こうなってみて思い出すのがポルトガルでも大昔には「リスボン地震」という大地震があったという事実です。震源地も今回のものとほぼ同じようなところだったそうです。歴史はいつかは繰り返すのでしょうか。
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by mobulamobular | 2009-12-21 07:17 | ポルトガル文化 | Comments(4)
Ice on road
先日、朝に車のイグニッションキーをオンにすると、メーターパネルに"Ice on road"という表示が出てきました。
冷え込みました。雨もなく、寒気団南下によるからっ風。雲は吹っ飛び、放射冷却です。過去の日記を見返してみると、昨年はこのような「アルガルベではあまりないけど年に2~3回は必ずやってくるゾクッとする冷え込み」は11月下旬に来ていました。ですから、今年は半月ほど得をしたのかもしれません。
仕事でスペインのバルセロナ近くに電話をかけたのですが、受話器の向こうからは「なんてったって凄いんダ。風に波で海は大時化ダ。雨?!。雪だよ~。後ろの山は真っ白ダ。まぁ~こんなことあんま無いんだけどね~。」。電話を切って、「勝った」と思いました。
寒いけど、我々は丘にいます。しばらく海に行く必要はありません。海を嫌うことは毛頭ありませんが、それだけでも顔がほくそ笑んでいます。明日から1カ月のお休みです。
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by mobulamobular | 2009-12-18 07:36 | 定置網 | Comments(2)
海の文化について
このブログは最初の説明で『ちょっとした海の文化交流』と銘打っています。
犬や猫、または魚にも文化があるものと仮定して、「人類の文化」とは学問とか知恵や技術の「アカデミックな文化」、音楽や美術をはじめとする芸術や芸能に関する「アートの文化」など多種多様なジャンルに分かれますが、一言でいえば「生活の文化」ということに集約されると思います。この前提のもとポルトガルの海に関係する文化についてがこのブログのテーマとなっていますが、メインとしてはもう少し絞り込んで「アルガルベ地方の定置網を中心とした文化」ということになります。

「文化」とは「思い、考え、行動するパターン」のことだと考えています。「生活の文化」とは人々が日常の生活をより快適にしたいという気持ちが創造の基となります。ようするに人間の半ば本能的な考え方で成り立ち、人々の願望そのものが含まれているということです。「生活の文化」には衣食住をはじめ、人々の生活をとり巻くほとんどすべてのものが含まれ、今も次々と新たな文化要素が生まれ、生まれつつあります。ですから世の中は「生活の文化」であふれ返っています。しかし、理想はさておき、残念なことにすべての「生活の文化」が人々の日常の生活をより快適にしているかというと、中にはそうとも言えないものがあるのも事実だと思います。さらに言えば、日常の生活をより不快にしている「生活の文化」が存在していましたし、今も存在し続けている場合もあるということです。これら不快な文化の代表的なものが例えば政治であったり、宗教であったり、または教育の場合でもあった(ある)ことは周知の事実だと思います。

ですから、「文化」には「よい文化」と「よくない文化」があり、「よい文化」であればそれは継続されるべきものであって、「よくない文化」は消えて無くならなければなりません。このことは、価値観の相違により、思い、考えることは同じでも行動が異なったり、また同じように行動したとしてもその意味や目的がまったく異なったりすることがたびたびありますので、一概に「よい」、「よくない」は決められませんが、国や地域によりその場に適した「よい文化」は必ず存在するはずです。

ちょっと昔ですと、異なった考えや価値観に対して、ものごとを統一しようとする勢力が猛威をふるい、ごく少数の意見に無理やり多くの人々を導こうとする傾向がありましたが、現在では文化の多様性が徐々にですが広く認められるようになり、異文化においても互いが互いを認め合う考え方が世界に広まりつつあります。

とは言え、実際に異文化に相対する時、自分とは違った価値観、それに伴う言動を理解するのは時として容易なことではありません。思考回路の根本的ベースが異なりますから、のっけから話についていけない場面もあり、いちいちまともに相手をしていたら、それこそこちらの神経回路がショートしてしまいます。しかし、それでも相手を認めなければ前には進めませんので、こんな時は相手を理解するというよりは、それはそれ、これはこれとしてまずは受け止めることが肝要と思われます。

その後、こちらの「文化」も相手に見せることが大切です。例えば「日本の文化」というとお茶とか折り紙とか、また着物とかを想像しますが、現場ではそういうことではなく「自分自身を見せる」ということです。前述の通り、「文化」とは「人々の生活をとり巻くほとんどすべてのもの」ですので、何十年か生きた後の自分自身にはそれなりの「日本人の文化」が染みついているもので、そういったごく当たり前の自然で素朴な日本の「生活の文化」を相手に見せることから、本当の文化交流が始まるものと思っています。
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前置きがすごく長くなりましたが、「よい文化」であっても「よくない文化」に流され、または「よい文化」がたまたま「別の急進的な文化」においてきぼりにされて消えていく運命となってしまったようなケースも多いのではないかと思います。ポルトガルのマグロ定置網がおおよそ35年前に消えてしまったのも、当然自然環境の変化などもあったでしょうが、他の新しい文化との折り合いが悪くなった結果ではないかと今は考えるようになりました。

400年以上続いたアルガルベのマグロ定置網が「よくない文化」であったとはたぶん誰ひとり考えていないと思います。ですから突如その歴史に幕を下ろしてしまったのにはそれなりの理由があってしかるべきと考えるところですが、明快な答えは見つからないままです。しかし、民主化による近代化の流れの中で、「よい文化」も民衆の「生活の文化」との間に微妙なズレが生じ、いつしかもとには戻りたくても戻れなくなってしまったのではないかと思っています。

最近になってポルトガル人実業家の中から新たに定置網をやりたいと言う声が出始めていますが、未だ実現するには至っていません。必要であれば協力できる点では協力したいと考えていますが、端から見ているとプロジェクトをさらに前進させることはそんなに容易なことではなさそうです。もちろん今の経済状況ですから財政面での困難は否めませんが、本当の困難は別にあるように思えます。

新たな定置網の再開を目指す人たちにとっては、「昔やっていたことを再び行うだけの話」と考えている面もあるようですが、一度途絶えたかつての文化のリズムを総合的に取り戻し、今の「生活の文化」の流れに融合させるには「時間の隔たり」という大きな問題をクリアしなければならないのかもしれません。

そう考えると、やはり、なぜ止めてしまったのかが悔やまれるところですが、時代の悪戯だったとしかいいようがありません。
今はそんな風に思っていますが、まだまだ真相の究明は続きます。
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by mobulamobular | 2009-12-05 11:00 | ポルトガル文化 | Comments(0)