カテゴリ:ポルトガル文化( 356 )
1995年
幼稚園児の彼女がポルトガルに来て、仮住いをしている時のことでした。村では初めて日本人家族が引越して来たということで、連日、日本人宅には"ポルトガル人の来客"が絶えませんでした。でも、それも半年間のことでした。

そして、それ以降、"ポルトガル人の彼女ら"とはいちども会っていません。



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2017年10月。22年後の日本人の彼女の元に写真共有アプリソフトを介し、ひとつのメッセージが届きました。22年後の"ポルトガル人の彼女ら"のひとりが、インターネットを通じ、日本人の彼女を見つけたのです。微かに記憶に残っていた日本人の彼女の名前だけで、です。日本人の彼女は、今、トウキョウに居ます。





















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by mobulamobular | 2017-10-28 05:48 | ポルトガル文化 | Comments(0)
時化る
ここんところの天候もですが、それより今置かれた環境の方が"しけた"雰囲気になって来ています。



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おおよそ2年前に中道右派から極左を含む左派に政権交代してから、ようやく各官庁の主要ポストの入れ替えが終了したようで、ここんところ、何やら"テンポ"が狂い始めて来ています。

やたら時間がかかります。応答がありません。メチャクチャなことを要求してきます。小包は相変わらず届きません。























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by mobulamobular | 2017-10-27 03:09 | ポルトガル文化 | Comments(0)
ポルトガル版バッキンガム宮殿
"Palácio Nacional da Ajuda"

リスボンで有名なジェロニモス修道院の山手の方にあります。元はポルトガルの王様の宮殿でした。



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ここからも1755年以降のイギリスとの強い結びつきが感じられます。




















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by mobulamobular | 2017-09-23 03:03 | ポルトガル文化 | Comments(0)
日系ブラジル移民
かつて日本からブラジルに移り住んだ人たちが大挙してポルトガルを訪れました。



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その歓迎レセプションが、在ポルトガル日本国大使公邸で催されました。
皆さん、"海外生活のプロ"です。短い時間でしたが、貴重な話をたくさん聞かせてもらいました。なんと、ブラジルにいるポルトガル系移民の人たちは、とてもよく仕事をするそうです。




















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by mobulamobular | 2017-09-22 08:52 | ポルトガル文化 | Comments(0)
sad
"ウチのポルトガル人"同士がケンカをすると、最後にどちらの口からともなく飛び出してくる言葉は決まって"Falta de respeito‼︎"、つまり"尊敬の念がない=軽蔑している"、です。しかし、側から見ていると、大概、"オマエが言えた義理か"と思ってしまいます。
一神教の彼らにとってのリスペクトの対象は圧倒的に"人"に対してとなりますが、多神教の世界では、"人"のみならず、"物"に対してもリスペクトの感情を抱きます。場合によっては、食べ物や船や、身の回りにあるすべての物体がリスペクトの対象になり得ます。また、"仕事"についても例外ではありません。皆んなで長い月日をかけて築き上げてきたものが今日ようやく完成するといった時、家族の誕生日やちょっとした息子のイベント等と重なれば、間違いなく、誕生日やイベントを選択します。それが彼らにとってのリスペクトとなります。この時、"同僚"を選択しなかった理由は、家族の方が上位にあるからです。だから、彼らのリスペクトなど、大したことはないと勘違いしてしまうと、後で問題となりますので注意が必要です。食べ物を粗末にしたり、仕事を放っぽらかしにするのは何てことありませんが、"人の扱い"には気を付けましょう。



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ですから、"Falta de respeito!!"の叫び声が聞こえた時は、かなり怒っている、ということになります。

側で聞いているこっちは、何となく悲しい気分にさせられます。





















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by mobulamobular | 2017-09-21 04:55 | ポルトガル文化 | Comments(0)
商売再開
ごった返す8月は、駐車場のスペースが海水浴客により占領さるため、2ヶ月ぶりの再開となります。あんなに人がいる時に市を開催すればさぞかし儲かるだろうから、出店者たちはさぞや歯がゆい思いをしていたんだろうと考えがちですが、先ず、そういうことはありません。何故ならば、8月は出店者たちにとっても"夏休み"だからです。

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日本人は、未だこのような単純明快な生活習慣が理解出来ない様子です。


















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by mobulamobular | 2017-09-11 02:42 | ポルトガル文化 | Comments(0)
少年サッカー
やはり、ポルトガルは、サッカーです。




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地元少年サッカーチームのスポンサーをした記念ということで贈呈されました。"額入りユニフォーム"、ここの人たちはこういうの大好きです。

やっぱり、サッカーです。和みます。























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by mobulamobular | 2017-09-09 04:16 | ポルトガル文化 | Comments(0)
Confiança
ポルトガル語で、「信頼」です。

"我々の関係は、この上に成り立っている"とか、言いたいところですが、現実的には、なかなか難しいところがあります。



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今起きていることですら正しく認識されていないのに、将来それが"歴史"となった時、どうして信じることができるのか、甚だ疑問です。





















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by mobulamobular | 2017-09-08 02:56 | ポルトガル文化 | Comments(0)
プラスチックチェア
ふたつの部落の合同音楽祭を最後に彼らの今年の夏は終わりました。



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こんなに楽しい夏が毎年来るのなら、もっと長生きしたいな、と思ってしまいます。























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by mobulamobular | 2017-09-02 02:53 | ポルトガル文化 | Comments(0)
リスボンに誘われて
最初に"誘われた"のは、1991年でした。



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ロッシオ駅、リスボン。



あれから26年ですが、そんなに遠い記憶ではありません。一方、ポルトガルで「カーネーション革命」が起きたのが1974年ですので、1991年時点では、政変後、未だ17年しか経過していなかったことになります。ですから、今と比べれば、リスボンにはとても色濃く「昔」が残っていたのだと思います。1974年の軍事クーデター以前の政治体制(Estado Novo)時、”ポルトガルはどんな感じだったのか"、いろいろな説明が存在しますが、中でも"パターナリズム"が一番近しい雰囲気だったのではないかと考えています。。つまり、今風に表現すれば"ヘリコプターペアレンツ状態"ですが、ということは、昔も今もあまり変わっていないことになります。

その通り、たぶん昔も今も変わりはないのだと思います。人(生物学的にはDNA)は、そう簡単には変化しないのだと思います。ただし、ポルトガルは、"EU"に変わりました。それに、旧体制下で、反体制派だった人たちのような人たちもいなくなりました。

そんな人たちと、出来れば、また会って、話を聞きたいと思っています。



さて。 "リスボンに誘われて"という映画があります。綺麗なリスボンを見ることが出来ます。そして、この映画の最後のセリフが、ポルトガル人女性の "Why don't you just stay ?" です。とても優しい、でも、ちょっと"お節介"、のように思えました。


















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by mobulamobular | 2017-08-28 00:55 | ポルトガル文化 | Comments(2)