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定置も、海も、魚も、すべて離れて
ブロクラシーの世界へ(小説風戯言)

いいところがあった。
世界中を旅してようやく見つかった、というよりは偶然見つかった。
男はそこが気に入った。開発はほどほど、人口もほどほど、自然が残り、気候がよく、比較的治安も良く、インフラは最低限整備されている。今時の理想の地だ、と思ったらどうしてもそこに住みたくなった。そこで、居住許可についての情報を得るため、役場に行った。住民課では生真面目そうな青年から「ここは世界で最も素晴らしい地域です。住むためにはこの場所に合った素晴らしい家を建てなくてはダメです。まずは建築課に行ってください。」との説明を受けた。

建築課では小太りながらダンディな男がとても友好的に、「居住許可申請と一緒に家の設計図を提出しましょう。設計図は私が作成します。ただし、これはタダという訳にはいきません。しかし、必ず承認されます。なんてったって建築課のお墨付きですから。なんだったらその後の建築も私が請け負いますよ。見積りもします。」ということだった。
男は「お願いします。で、設計図作成の費用はいかほどで。」
建築課の小太りダンディは「30万円ぐらいになりますかね。」
男は[少々高いな。でもこういうところだからしょうがないな。]と思いつつ、「お願いします。」と即答した。

後日、家の設計図が30万円の請求書とともに建築課の小太りダンディから届いた。その設計図には男が今までに見たこともない、建造後の家の格好すら想像もできないほどの大そう立派な家が描かれていた。しかし、[オイオイ、こんなに凄い家が本当に必要なのか。]と思いつつも、[まぁ~、あんな素晴らしいところに住めるのならいたしかたないか]と思い、30万円を支払った。

住民課の生真面目そうな青年は建築課の小太りダンディが作った設計図を見て上機嫌で言った。「OKです。じゃ~善は急げで早速家の建設を開始してください。」
男は「居住許可は出るのですね。」
住民課の青年は「居住許可はできた家を見てからです。」
男は[オイオイ、大丈夫なのか]と思いつつも、建築課の小太りダンディのフレンドリーな言葉を思い出しながら「あっ、そうですか。」と言ってその場を去り、その足で建築課に向かった。

建築課に小太りダンディはいなかった。「すみません。あの~あの人は。」
近くにいた若い職員が「あ~あの人だったら離れ小島に転勤になりました。電話は無理ですよ。何かご用ですか。」
男は「コレコレシカジカで、すぐにあの人に連絡を取りたいのですが。」
若い職員は「分かりました。伝えておきま~す。」

数日後、建築課の小太りダンディからメールが入ってきた。
「カクカクシカジカで、離れ小島に転勤になりました。でもご心配なく。あなたの家の件は同僚が引き継ぐことになっていますので、アーダラ、コーダラ。」

再び、建築課に出向いた。目の前に現れた同僚は小太りダンディとは対照的にスラッとした長身ながら、小太りダンディに負けず劣らずニコやかに話をしてくれた。「話は聞いています。問題ありません。私が何とかしますから。でも、今回の件はちょっと難しいお話なので少々お時間頂けますか。計画がまとまり次第ご連絡しますから。」
男は[何が。何が難しいんだ。そんなの聞いてないぞ、初耳だぞ。]と思いつつも、「分かりました。でも、できるだけ早くにお願いします。」
長身の同僚は「OッK~です。」

何日たっても連絡はなかった。仕方ないので、男は再び建築課に行った。長身の同僚はいた。
同僚は「やぁ~スミマセン。フランスからの建築資材の見積もりがまだ届かないんですよ。来たらすぐ連絡しますのでもう少しお待ちください。」
男は「分かりました。」

数ヶ月たったが連絡はなかった。さすがにしびれを切らした男は、建築課の長身の同僚に電話をした。
電話口の向こうで同僚は「あ~あの件ですが、課長が『あんな家はできる訳がない、技術的に無理だ、作業が危険すぎる』、と言って首をタテに振ってくれないんですよ。でも、どうしても話を進めたい場合はまず『建築安全課の承認』を得るようにとのことですが、どうしますか。」
男は[何言ってんだ、今ごろになって。ふざけるのもいい加減にしろ。だいたい、オマエらの設計だろ。]と思いつつも、「分かりました。ここまで来たら何でもやりますよ。その~『建築安全課の承認』ってのはどうやったら取れるんですか。」
同僚は「建築安全課はここの隣の課です。そこの窓口で聞いてみて下さい。」
男は「電話じゃダメなんですか。」
同僚は「ちょっと話がややこしいですから、直接出向いた方がよく話が理解できると思いますよ。なんだったら、その後私が相談に乗りますから。」
男は「分かりました。よろしくお願いします。」

男は建築安全課の前に立っていた。応対に出た赤毛の女性は「最近、課長が替って、課の方針も微妙に変化してきていますので、直接課長とお話しになりますか。」
男は「そうですか。はい、できればそうさせて下さい。」
赤毛の女性は「分かりました。しかし、課長は多忙のため面会はすべてアポ制になっていますが、よろしいですか。」
男は、ちょっとキレそうになったが、堪えた。「はい。いつですか。」
赤毛の女性は「〇月〇日の朝10時ということで。よろしいですか。」
男は[こいつら完璧に遊んでいる。]と思いつつも、「OKです。」

その日は、「ドタキャン」だった。

あらためて「来週の火曜日の朝10時」にアポを取った。

男は建築安全課目指しトボトボ歩いていたが、もうこのころには本来の「目的」は見失っていた。
しかし、ある種の「意地」が男を動かしていた。
広い応接間。ふわふわな場違い的な感覚にさせられる絨毯、高価そうな絵画や家具、方向感覚を狂わされそうな照明の中にいた。一応、課長に対して失礼にならぬよう、課長が来るまで着席は控えた。10時はとっくに過ぎていた。

待ち時間が気にならなくなったころ、建築安全課課長が満面の笑顔で部屋に入ってきた。
「お待たせしました。やぁ、お久しぶり。お元気でしたか。話は元同僚から聞いています。大変でしてね。でももう大丈夫。私が建築の際の安全計画書を作成してあげましょう。」と言って、両手を横に大きく広げた。
男は目の前の光景に一瞬目を奪われた。その建築安全課課長は「建築課の小太りダンディ」だったのだ。2階級昇進だそうである。当然、今までの業績が評価された結果だ。

次の瞬間、すべてが呑み込めた気がした。

男は「それはタダですか。」と尋ねた。
建築安全課課長は引き続き満面の笑顔で「タダという訳にはいきませんよ。」と答えた。
by mobulamobular | 2009-04-01 04:14
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