FUKUSHIMA
あの震災から、来月で2年です。福島県・いわき市にある造船所も津波で全壊、その後、屋内退避指示、また緊急時避難準備区域に含まれたため千葉県に避難、しかし、「やらねば」の一念で、昨年3月に造船所を見事に再建、東北地方の漁業の復興のため、漁船造りを続けています。
d0113817_3172112.jpg

震災当日、この造船所近くに住んでいた人たちは、津波の第1波到来後、家のことが心配で避難した高台から戻って来てしまったそうです。そこに第2波、第3波の津波が来て、60人余りが犠牲になったそうです。

d0113817_3413340.jpg

上の写真は、造船所のすぐ目の前にある、いわき市漁協の市場の新しい岸壁です。地震で80cmほどの地盤沈下が発生したそうです。

d0113817_3475432.jpg

今後、この新しい岸壁の高さで、市場や道路が整備されるのだと思います。しかし、この日も確かに工事は行われていましたが、なんというか、これが復興事業かと疑いたくなるほど貧弱なもので、この分では完成はずいぶんと先のことのように思えました。

被災者の方々からいろいろな話を聞かせてもらいましたが、今までの認識と大きく異なることも多く、実際は予想以上に悲惨な状況であることが、よく理解できました。FUKUSHIMAでは漁に出たとしても、魚は販売自粛です。つまり売れません。タコ・イカは比較的、放射能の汚染は低く、食べても問題ないレベルだそうですが、「福島の漁船」ということで、売れたとしても、価格は他県の漁船のものに比べ、メチャクチャ叩かれるそうです。こうなると、イジメのようでもありますが、他県の漁船が福島沖で獲った魚の販売は、何の問題もないのです。底層の魚など、やはり、未だ放射能汚染濃度がとても高いものも存在するようで、安心して食べれるようになるのは、かなり先、あるいは、「ない」かもしれません。それでも、漁師には漁船が必要なのです。


いわき市の造船所訪問の際には、こういう状況ですので、どうせホテルはガラガラだろうと思い、予約などせずに行きました。ところが、いわき市内のホテルは平日にもかかわらず、どこも満室で、危うく野宿となるところでした。あるホテルで聞いたところ、「今は原発関連の下請け業者の方々でいっぱいです」という返答でした。「そうか」と納得したのですが、宿泊客の多くは中国、韓国、ブラジル等からの出稼ぎの人たちでした。

最近、緊急経済対策で、公共事業拡大のニュースを目にすることが多いのですが、まずは福島県をはじめとする被災地の復興にプライオリティがあると思います。皆さん、明日のことなど考えず、今日を精一杯生きている、そんな感じでした。
[PR]
by mobulamobular | 2013-02-04 02:43 | 戯言 | Comments(2)
Commented by O&クロ at 2013-02-04 19:50 x
じぶん、地元が福島市、友人が相馬にいるので、何度か津波の後も見ています。海岸線だけでなく、福島市のホテルも一杯です。復興するにも予算だけでなく人手も足りないのです。あまりにも広大すぎて復興の進んでいる場所と手付かずの場所が点在しています。福島は色々ありすぎて、とにかく前を見るしかないと感じています。
Commented by mobulamobular at 2013-02-05 03:56
O&クロさんへ。復興はこれからだというのに、なんか、過去のことになりつつある、そんな雰囲気が漂っているような気がしました。日本は琵琶湖の1.5倍の面積の国土を失った状態ですから、領土問題とかいってもシラケますね。
<< 立春 OISO >>