アルガルベ杯
これこそリベンジなのですが、とりあえず昨年より順位をひとつ上げたので、まぁ、よしとします。ポルトガルで行われた女子サッカーの「アルガルベ杯」です。

最近、やけに当ブログへのアクセス数が増えているなと思いきや、理由はコレでした。「ポルトガル」や「アルガルベ」の検索キーワード入力により、当ブログに迷い込んだ方が多かったことと思います。ちなみに、当ブログは女子サッカーとは一切関係がありません。

さて。
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試合開始後2分11秒経過、0対0です。
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前半、ドイツが優勢でしたが、日本もカウンターで攻め込みます。試合開始後17分51秒経過、いぜんとして0対0です。
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前半19分、均衡は破られました。ドイツ、1点先制です。
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前半21分、ドイツ、矢継ぎ早に2点目、ゲットです。

サッカーは見るより、やる方が好きです。というか、ペレ、ジョージ・ベスト、ゴードン・バンクス、ベケンバウアー、クライフの時代にサッカーを覚え、深夜の三菱ダイヤモンドサッカーで岡野さん、金子さんの解説を耳の穴カッポじってメモをとりながら聞いていた「サッカー少年」にとっては、今の行き過ぎた商業化によって選手の技も選手自身も食われてしまったサッカーは見るに及ばず、といえば言いすぎかもしれませんが、とにかく、観戦する場合は、別のことを楽しんでいることが多くなっています。
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タカラトミー・朝日新聞・KIRIN。
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プレサンス(?)・TOSHIBA。
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保険の窓口グループ(??)/みんなの保険・・・。
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Family Mart。

まるで、日本でサッカーを観戦しているような錯覚を覚えるシチュエーションです。つまり、日本企業は言い訳もせず、こんなところにまでも大好きな「看板」を出してガンバっているんだな、ということを考えていました。
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アッ。日本、1点返しました。
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のどか、なサッカー場です。あちら側は一般の人は入れず、客席で観戦している人たちは、すでに破れて表彰式待ちの他国のプレーヤーと思われます。
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前半終了。一服つくのに、外に出ます。
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いきなり、後半。日本、同点に追いつきました。
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さぁ、逆転、と思っていたら、相手PKでやられました。
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3対2。勝負あったかに思われましたが、日本、踏ん張ります。
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ゴールです。再び、同点にしました。
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3対3です。残り時間わずか。このまま延長戦か、と思われましたが、勝負でした。
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まさに終了間際、ドイツの決勝点でした。
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Algarve Cup 2012の表彰式です。
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地元ポルトガルはちょっと残念な結果(10位)に終わった様子でした。

こんな大陸果ての地にも日本チーム応援のためにそこそこの日本人が来ていました。でも、あのNHKが、"出口取材"に来ていたのは驚きです。
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こんなインタビューに応じて、間違って「おはよう、日本」にでも出てしまったら、仕事サボって見に来ているのがバレてしまいますので、さーっと退却です。

来年こそNo.1ですね。"なでしこ" さん。
















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by mobulamobular | 2012-03-10 05:14 | ポルトガル文化 | Comments(10)
Commented by xenovia at 2012-03-10 10:22
こんにちは。いつもブログ楽しみにしています。
”アルガルベ”杯と耳にして、はるか遠くの定置網がよぎりました。
三菱ダイヤモンドサッカー、私も好きで毎週見てました。懐かしいです。
岡野さん、一時バレーボールにも協力して、ソ連(当時)戦でお見かけして、「早く日本のサッカーが国際的になるといいですね」などと僭越にもお声掛けしたことがあります。
クライフ、オレンジ旋風でしたっけ。ニースケンスとか、クロルとか、いい選手いました。ハーンのロングシュートもすごかった。サッカー昔話、失礼いたしました。
Commented by mobulamobular at 2012-03-11 05:46
xenoviaさんへ。コメントありがとうございます。74年のオランダですね。1974年7月7日の夜、正確には日本は8日未明、ひとりでテレビ中継を見ていました。衝撃的でした。西ドイツの圧勝かと思っていたのですが、開始早々飛び出したクライフの凄さ。それまでクライフなんて選手は知りませんでした。事前にサッカーマガジンなどで「空飛ぶオランダ人」とか、「フィールドのコンダクター」とか、ヨーロッパ最優秀選手であることは分かっていましたが、なにせプレーを見たことはなく、どんなに優れていても、あのベケンバウアー、ミューラー、オベラーツ、ネッツァーを擁する西ドイツには到底敵わないだろうと勝手に思いこんでいました。ですから、いきなりの"生"は腰をぬかすほどの驚きと感動でした。翌日の新聞でサッカーのワールドカップで西ドイツが優勝という数行の記事を見て、現実を思い知らされたことをおぼろげながら憶えています。(続く)
Commented by mobulamobular at 2012-03-11 05:49
xenoviaさんへ。(続き)あの頃の三菱ダイヤモンドサッカーは、前後半を2週に分けて放映していたと思います。ですから、試合はいつも半年くらい前のもので、このワールドカップ西ドイツ大会の放映は、初回が決勝戦、だったと思います。ブラジル、ポーランド、スウェーデン、ユーゴスラビア等、本当によいチームがたくさん出ていました。サッカー大昔話。けっして「失礼」ではありませんよ。
Commented by obakappu at 2012-03-11 08:07
息KOが、あの看板を、コンピュータ処理じゃないの?って言ったのですが、違うことが証明されました。
しわがある、とか、真剣に広告板みたんですよ(笑)。

NHKに答えているのはむすさんですか??
Commented by xenovia at 2012-03-11 17:00
お返事ありがとうございます。
海に加えて、サッカーまで博覧強記でいらっしゃるのに、びっくりです!素敵。
私は当時、ゼップ・マイヤーの手が大きいのか手袋が大きいのか気になってました。

すべてのエントリーを興味深く拝読いたしております。
中でも、サメとエイが大好きで、水族館でも時忘れで飽きずに眺めるくらいです。
↓のお写真のサメの方、大変な別嬪さんですね~。綺麗で見惚れてしまいます。動画も見たいです。
Commented by mobulamobular at 2012-03-12 04:08
ぷーままさんへ。残念でした。看板、みんな本物ですよ。見に来ている人のほとんどが理解できない看板でした。フジテレビ用ですね。

はい。帰省中(寄生虫!?)のむすでした。
Commented by mobulamobular at 2012-03-12 06:05
xenoviaさんへ。こういうことを昔の仲間に語らせたらたいへんなことになります。周囲からは"サッカーキチガイ"なのでしょうが、そうやって海の向こうの本場を羨んでいました。74年の話の戻りますが、選手層が厚すぎるほどの完璧なチームだった当時の西ドイツに唯一「穴」があるとすれば、そればマイヤー(GK)だと言われていましたが、実際本大会では準決勝のポーランド戦をはじめ、凄いプレーを連発していました。あの大きな手袋、印象的でしたね。もうひとつ、ここまできたら言っちゃいますけど、あの決勝戦は「アディダスvsプーマ」の戦いでもあったのをご存知ですか。ユニフォームのデザインの多様化が始まった時でもあります。でも実際はピッチに立つ22名中21名はアディダスのユニフォームを身に着けていたのですが、唯一、クライフだけがプーマのユニフォームだったのです。(続く)
Commented by mobulamobular at 2012-03-12 06:07
xenoviaさんへ。(続き)今ではそんなことはないと思いますし、クライフだからできたことなのかもしれません。オランダチームのユニフォームの全体的なデザインはクライフのも含め、皆同じように見えるのですが、肩のラインやトランクスの横の「アディダスの3本線」が、クライフのものだけ「2本線」になっています。当時、クライフはプーマと個人的な契約を行っていたため、苦肉の策だったのかもしれませんが、日本で中学生が新しいスパイク選びをする時、アディダスにするか、いやプーマの方がよいよ、などという時の重要な判断ポイントになっていました。これが、「ビジネス」を感じた最初の出来事だったかもしれません。(続く)
Commented by mobulamobular at 2012-03-12 06:09
xenoviaさんへ。(続き)もう少し、よいですか。たぶん西ドイツ大会の翌年だと思いますが、バイエルン・ミュンヘンが初来日したのですが、当時の日本にあのバイエルンが来るのは信じ難く、案の定、来日したメンバーはベッケンバウアーとミューラー以外(マイヤーは来ませんでした)にレギュラーメンバーは誰ひとり来ず、他の選手たちはベッケンバウアーとミューラーでさえ、日本で初対面の若手メンバーばかりが来たのです。国立競技場まで見に行きましたが、試合結果のことなどは忘れたのですが、ひとりバイエルンの若手がもの凄いスピードのドリブルで持ち込んでシュート決めたのを鮮明に憶えています。その若者が、後にドイツ代表の主将も務め、2度の欧州年間最優秀選手にもなり、現在、バイエルン・ミュンヘンの代表取締役でもあるカール・ハインツ・ルンメニゲなのです。こんなことまで書かせていただき、ありがとうございました。
Commented by xenovia at 2012-03-12 08:49
またまた、トリビアいっぱいのお返事ありがとうございます!
プーマかアディダスか、第一次アディダス全盛期だったような、そこはかとない記憶があります。クライフ、大物ですね。
ルンメニゲ、ご覧になったことがあるの羨ましい!素晴らしい選手でしたよね。日本相手でも全力プレーをしてくれたんですね~。私はもっとあとにケンペスを見に広島まで行きました(実は、ボンホフのファンだったのですが、来日せず…)。
当時、我が家のご近所さんに、奥寺さんの恩師のご兄弟がいらして、アジアの黒豹の1FCケルンでの活躍をとても喜んでいたそうです。
中学時代から、ひとりだけ飛びぬけて身体能力が高かったそうな。あの、ブンデスリーガでカッコよかった。
本当に、興味深いお話、たくさん聞かせていただいて幸せです。どうもありがとうございます!
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